熊野街道 伊勢路エリア
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熊野参詣道 伊勢路

紀伊半島東岸を南下する、主に東国から熊野三山を目指す参詣者が歩いた道です。伊勢神宮と熊野三山を結ぶ険阻な山坂の多い道で、随所に石畳が遺されています。平安時代中頃には利用されていましたが、参詣者が増えるのは、伊勢神宮への参詣と青岸渡寺を出発点とする西国巡礼が盛んとなる江戸時代からのことです。伊勢神宮への参詣道である伊勢本街道からの分岐点・田丸を起点とし、途中の「花の窟」から海岸沿いに七里御浜を通り熊野速玉大社に至る「七里御浜道」と、内陸部を熊野本宮大社へ向かう「本宮道」に分かれます。

「七里御浜道」は「浜街道」とも呼ばれ、熊野市木本から新宮市までの砂礫の海岸線「七里御浜」沿いを行く経路で、沿道には景勝の地として参詣者に知られた「鬼ヶ城」や「獅子岩」があります。「本宮道」は、神話に登場する伊弉冉尊の葬地という伝承を持つ熊野市の「花の窟」で七里御浜道と分かれ山間を進み、熊野川を渡り、熊野本宮大社に至る道です。


鬼ヶ城

鬼ヶ城

石英粗面岩の岩壁が浪や風の浸食により、数段にわたる階段状の洞窟で、坂上田村麻呂の鬼退治伝説が残っています。


花の窟

花の窟

国産みの神話に登場する伊弉冉尊の葬地という伝承を持ち、人々の信仰を集めてきた神社です。神体は高さ45mほどの巨岩で、一般の神社に見られる神を祀る神殿や、拝殿が未だ成立していない古代の自然崇拝の形式を彷彿とさせます。

毎年2月と10月に行われる「花の窟のお綱かけ神事」は、神話に記された祭礼と同様の内容をもちます。


獅子巌

獅子巌

鬼ヶ城同様、石英粗面岩の岩壁が浪や風の浸食を受け、その名が示すように獅子の形状を見せています。熊野参詣道沿いの名所として、江戸時代の旅行案内記には奇景として紹介されています。


七里御浜

七里御浜

平坦な砂礫の海岸で、参詣道の一部として使われてきました。当初、参詣者は海浜を歩いていましたが、江戸時代には黒松を植林した防風林の中を歩くようになりました。

弓なりに22キロメートルにわたって広がる雄大な景観は伊勢路第一の景勝地として親しまれてきました。



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