徐福(じょふく)は、中国・秦の時代に医薬を扱った方士(ほうし)でした。今からおよそ二千二百年前、始皇帝の命を受け、不老不死の仙薬を求めて東方の海へ船出したと、司馬遷の『史記』に記されています。そして、その徐福がたどり着いたと伝わる土地のひとつが、熊野・新宮なのです。
新宮に残る徐福公園
新宮市には、徐福公園(徐福の墓)があります。中国風の色鮮やかで立派な門構えをくぐると、徐福伝説にちなんだ池や、徐福の石像などが配され、園内には徐福が追い求めたとも言われる不老長寿の薬草茶「天台烏薬(てんだいうやく)」などを扱う売店もあります。JR新宮駅前すぐという立地で、駐車場も広く、ガイドによる説明を受けることもできる、観光におすすめのスポットです。
各地に残る伝承のなかで
徐福が漂着したと伝わる土地は、全国に三十か所あまりもあると言われます。しかしそのなかでも、新宮のこの徐福公園は、伝説を最も濃厚に今に伝える場所のひとつとされています。徐福は、医薬・天文・占いのほか、漁業や農耕の技術をその土地の人々に伝え、住民に親しまれたと語り継がれてきました。海のかなたからやってきた異邦の知恵者を敬い、その記憶を二千年以上も守り伝えてきた――そこにもまた、あらゆるものを受け入れる熊野の精神がうかがえます。
徐福をめぐる各地の伝承については徐福(ウィキペディア)もあわせてご覧ください。熊野速玉大社とあわせて訪ねれば、新宮という町の奥行きをより深く感じられるでしょう。