杉木立の中を延びる熊野古道の石畳の参詣路
熊野三山と熊野古道

熊野街道.com ― 熊野三山と熊野古道への巡礼案内

ようこそ、熊野街道.comへ。ここは、京・大坂から紀伊半島の南、熊野三山を目指した古の参詣路「熊野街道」と、その終着の地・熊野をめぐる情報サイトです。深い杉木立、苔むした石畳、朱塗りの社殿、そして轟く滝。「心を癒す日本の原郷」とも称される熊野の魅力を、歩く人の目線でご案内します。

熊野街道とは

熊野街道(くまのかいどう)は、京から大坂を経て熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)への参詣に利用された街道の総称で、紀伊路とも呼ばれました。説経浄瑠璃の小栗判官にちなみ「小栗街道」とも称されます。渡辺津(現在の大阪市中央区・天満橋付近)を起点に、四天王寺・住吉大社を経て和泉から紀伊へと南下し、紀伊田辺からは中辺路または大辺路によって熊野三山へと向かいました。田辺以南の中辺路は、ユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として登録されています。

熊野詣 ― 「蟻の熊野詣」の賑わい

平安時代中期ごろ、熊野三山が阿弥陀信仰の聖地として信仰を集めるようになると、法皇・上皇ら皇族による参詣「熊野御幸」や貴族の参詣が相次ぎました。その嚆矢は907年の宇多上皇とされ、後鳥羽上皇のように幾度も足を運ぶ例もありました。室町時代以降は武士や庶民へと信仰が広がり、参詣者が列をなす様子は「蟻の熊野詣」と例えられるほどの賑わいだったと伝えられます。街道沿いには熊野権現を祀る九十九王子が設けられ、旅人は道中の無事を祈りながら聖地を目指しました。

このサイトで訪ねる場所

まずは熊野街道を歩くのページから、熊野めぐりの全体像をご覧ください。世界遺産についてはユネスコ世界遺産センターの紀伊山地の霊場と参詣道の登録情報もあわせてご参照ください。